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平成29年 旧恵迪寮舎 観桜観花会について(開催案内)
[事務局からのお知らせ] [北海道支部]
今年の旧恵迪寮舎の観桜観花会(以下、本会という)を、下記の要領にて開催します。
本会は平成19年の恵迪百年記念事業の一つとして、旧恵迪寮舎前に花壇を新設のうえ北大にゆかりの深いオオバナノエンレイソウ、ミヤマエンレイソウ、クロユリ、キバナノアマナを植栽したことをきっかけとして始められました。
平成20年からスタートし、今年でちょうど10回目という節目の回数になります。
節目を記念し奮ってご参加くださいますようお待ちしております。
記
1.日 時 平成29年5月13日(土)10時30分~
2.場 所 北海道開拓の村 旧恵迪寮舎 (札幌市厚別区厚別町小野幌50-1
電話011-898-2692)
3.当日の予定
・10時30分 旧恵迪寮舎前に集合
・正面玄関前で寮歌「都ぞ弥生」を全員で歌います
・集合写真の撮影
・寮舎内の見学、周辺の散策、観桜、観花(自由行動)
・寮舎裏側の中庭にて軽昼食会 ※雨天の場合は開拓の村内レストランへ移動
4.その他
・雨天でも開催します。
・開拓の村の入場料金は寄贈者であることから無料です。
入場の受付で「恵迪寮同窓会」と伝えてください。寮の法被の着用を推奨。
・旧恵迪寮舎の玄関から入って左側の建物とその中の展示物は同窓会が寄贈したものです。
また、寮舎の周りには同窓会で植樹を行っております。
参加者の皆様には、建物や展示物の状態、植樹の成長なども自分の目で確認していただきたいと
思います。
・周辺の散策の時間で、寮舎周辺のゴミ拾いを行いたいと思います。
協力していただける方は、手が汚れますので軍手を持参してください。
・昼食会のお弁当、飲み物、敷物は参加者が各自持参してください。
他のお客様に迷惑をかけないよう節度のある行動をお願いします。
ベンチ、テーブルを用意してもらいますが、参加者全員分は用意できないと思います。
・寮舎内の見学のため、スリッパを持参してください。
寮舎の玄関には備え付けのスリッパがありますが、数に限りがあります。
・会場準備の都合がありますので、参加される方は5月6日(土)までに下記メールへ、
氏名・入寮年次を連絡してください。
※いただいた個人情報は、本行事の開催に利用させていただきますが,それ以外の目的では使用
いたしません。
○担当者 佐野将義(H2入寮) メールアドレス:xyihz289@yahoo.co.jp
※バスを利用する場合(ジェイ・アール北海道バス;「開拓の村」行にお乗りください)
JR新札幌駅 新札幌バスターミナル発 → 開拓の村着
9:00 → 9:15
10:00 → 10:15
以上
北海道支部の役員変更のお知らせ
[事務局からのお知らせ] [北海道支部] [北海道支部からのお知らせ]
1月29日の寮歌歌始めの会の冒頭行われた北海道支部総会で北海道支部の役員が一部変更を含め新たな体制となりましたのでお知らせいたします。
今回、八重樫幸一幹事長が副支部長兼組織幹事となり後任の幹事長には谷口哲也幹副幹事長が就任しました。変更後の役員名簿を掲載しましたのでご覧ください。
恵迪寮同窓会新年歌始めの会~寮歌を愛するOB、現寮生ら盛大に(H29)
[事務局からのお知らせ] [北海道支部]
恵迪寮同窓会北海道支部新春恒例の新年寮歌歌始めの会が1月29日、札幌市北区の「ホテルマイステイズ札幌アスペン」で開かれました。
厳冬期の催事と参加者の高齢化に配慮し、今回から開場時刻を2時間繰り上げて午後1時からのスタートしました。
この日の最高気温が氷点下0.4度という真冬日の中、最年長の石坂實君・能瀬誠夫君(共にS21年入寮)をはじめOB・来賓91名、現寮生16名と、ここ十数年では最多となる107名の寮歌大好き人間が参集しました。
第一部の支部総会の後、第2部の寮歌歌始めの会に入り、内藤春彦北海道支部長(S40年入寮)による開会の辞に続き、横山清会長(S31年入寮)の年頭の挨拶、西口規彦北大総長補佐ら来賓の紹介、西口規彦北大総長補佐及び石山喬北海道大学校友会エルム会長のご来賓の挨拶がありました。
この後、大谷文昭君(S43年入学)の音頭で「都ぞ弥生」の斉唱の後、来賓や同窓会役員ら9名による威勢のよい鏡開きが行われました。
中瀬篤信同窓会名誉会長の乾杯の後、しばし歓談に移りました。
待望の寮歌高唱では、トップを切って昭和30年代後半のOBが「蒼空高く翔らんと」(昭和2年)を熱唱。その後、各年代が「花繚乱の」(昭和32年)や「魔人の呪い」(大正6年)と続き、数年前からOB同士の交流が続いている小樽商科大学の応援団OBや現役寮生も商大校歌や寮歌「若人逍遥の歌」を歌い、エールを送りました。
中入りを挟んで「瓔珞みがく」(桜星会歌)、「水産放浪歌」など不朽の寮歌を懐かしんだ後、全員寮生で固めた北大応援吹奏団が登場。トランペットやパーカッションなどの迫力ある器楽で寮歌等を披露すると、会場が沸き上がりました。
今年は、舞台で寮歌を歌いながら感極まって涙する大先輩もおりました。そのほど充実した歌会でありました。
また、今年は現寮生がステージに上がり、最新の平成28年寮歌「此の寮よりの児」を初め5曲ほどを熱唱しました。これは若手に最近の寮歌を歌う機会を与えようとするものです。
予定の20数曲もほぼ歌い終えて約3時間余の宴もいよいよフィナーレ。 参加者が増えたせいか、会場いっぱいに肩を組んだ仲間の輪が一本に繋がり、「都ぞ弥生」と「別離の歌」をそれぞれの思いを載せて高唱し、最後は「ストームの歌」で締め、来年の再会を誓い合って散会しました。
(北海道支部副支部長(広報担当)八重樫幸一 記)

ここが会場です

受付風景

開会の辞を述べる内藤春彦北海道支部長

年頭のご挨拶をする横山清恵迪寮同窓会会長

来賓のご挨拶をする西口規彦北海道大学総長補佐

来賓のご挨拶をする石山喬北海道大学校友会エルム会長

「都ぞ弥生」斉唱の音頭をとる大谷文昭北海道支部組織幹事

鏡開き

乾杯の音頭をとる中瀬篤信恵迪寮同窓会名誉会長

商大の現役寮生

商大のOB

現役の恵迪寮生①

現役の恵迪寮生②

北大応援吹奏団①

北大応援吹奏団②

北大工学部土木科OB

最年長(S21年入寮)の石坂實君(左側)と能勢誠夫君(右側)

昭和36~39入寮(学)者

老若男女の集い

寮歌「若人逍遥の歌」を歌う商大のOB・OGと現役生

中国語版「都ぞ弥生」を歌う訳歌者須賀正太郎君(S28入寮)他

北大応援吹奏団の演奏

最近の寮歌を披露する現寮生達

肩を組んで「都ぞ弥生」と「別離の歌」を連続高唱

ストームの歌

閉会の辞を述べる白浜憲一恵迪寮同窓会代表幹事

再会(⇒再開)
以上
平成29年「寮歌歌始めの会」開催のご案内(北海道支部)
[事務局からのお知らせ] [北海道支部]
大空にはばたく酉年の寮歌歌始めです。樹氷咲く壮麗の地から、青春の血潮に溢れるあの時代を思い浮かべて、懐かしき友と肩を組み合い、彼の寮を思い浮かべて、胸の底から寮歌を歌い上げようではありませんか。
会場は十数年続いたすすきの「氷雪の門」から、北大正門近くのシティホテルに変わります。新しい舞台に、恵迪OB・OG、現寮生、小樽商大学生寮OB・現役寮生も加わり、時空を超える寮歌の集いにしましょう。
恵迪寮同窓会北海道支部長 内藤 春彦
◇ ◇ ◇
<日 時> 平成29年1月29日(日) 午後1時(開場)~4時30分(終宴)
(開始時間が昨年より2時間繰り上がっています。ご注意ください)
<会 場> ホテルマイステイズ札幌アスペン(旧札幌アスペンホテル)
(札幌市北区北8条西4丁目)TEL 011-700-2111
<会 費>5、000円(当日会場の受付にてお支払いください)
<式次第>
(第一部)恵迪寮同窓会北海道支部総会
(第二部)寮歌歌始めの会(寮歌、校歌など約20曲)
<お申し込み方法>
北海道支部ニュース(冬号)に同封の参加申し込みハガキか、下記の同窓会事務局のFAX、又はメールでお願いします。 尚、万一ハガキが同封されていない方は、事務局までお知らせください。
<問い合わせ先>
恵迪寮同窓会事務局
TEL/FAX 011‐706‐3276
E-mail info@keiteki-ob.jp
地図つきカラーチラシは、以下をクリックしてください。
平成28年 第17回開識社講演会、講師に小菅正夫氏をお招きし盛会裏に終わる
[事務局からのお知らせ] [北海道支部]
平成28年の恵迪寮同窓会北海道支部主催の開識社講演会が10月26日(水)夕方、北大獣医学部卒の旭川市旭山動物園前園長の小菅正夫氏を講師に迎え、札幌市時計台ホールで開かれました。
冷たい雨が降り、また札幌ドームで日本シリーズが行われている中、参加者の減少を懸念していましたが、それらの影響もなく、当初予定どおりの109名の参加者がありました。
柔道部の現役部員も6名ほど参加してくれました。また柔道部OBの方も何名か参加されていました。
小菅氏のユーモラスな話しぶりに、時々会場から笑い声が出るなどお話しは大変面白く、また小菅氏の改革能力に驚かされました。
その能力の高さで、当時の北大柔道部と旭山動物園の再生を成し遂げたことも理解できました。 今、札幌の円山動物園の改革に取り組んでいるとのことです。像やザリガニのお話もされていました。今から、円山動物園の変身ぶりが楽しみです。

講演開始前の舞台の様子

主催者として挨拶をする恵迪寮同窓会北海道支部長・内藤春彦氏

司会者の千川浩治北海道支部副支部長

講師の旭川市旭山動物園前園長の小菅正夫氏

後輩になる現役柔道部員を小菅氏が会場の参加者に紹介した

話に熱を帯びてきました

熱心に講師のお話しに耳を傾ける参加者の皆さま
≪講演の概要は、おおよそ以下のようなものであったかと思います…長文につき読むかどうかは皆さまにお任せいたします≫
振り返ると、主将になったころの北大柔道部の状況と、入園者数の減少にあえいでいたころの旭山動物園が置かれた状況が、とても似ていた。そういう中で、柔道で学んだことを動物園運営に活かすことができた。
(1)北大柔道部について
当時、北大柔道部には特別強い選手がいるわけではなく、七帝戦(七帝柔道)では、1年生のときに1回勝っただけで、その後5連敗を喫し、最下位が定着しつつあった。 そんな最悪のときに、部の中で強い方ではなかったが、大学3年の夏、なぜか先輩から主将を任命された。
改めてメンバーを見渡したところ、飛び抜けて強いスター選手はいなかったが、個性のある部員が多かった。 まず、個性派ぞろいの部員をどうまとめるかである。北大柔道部は伝統的に学生主体であり、確固とした自分の意見をもっている部員が多かった。 放っておくと、自己主張だけは人一倍強いから、チームがまとまりをなくしてしまう。 かといって、「オレについてこい」とやろうとすると、個性を殺してしまうし、へそを曲げてしまうのは目に見えていた。
そこで目標を決めたのである。はっきりさせたのは、「七帝戦で優勝する」という目標。 そして、そのための手段も明確にした。 一人ひとりが負けなければよい。29秒寝技で抑え込まれても、29秒で何とか解く。絞めは、絞められても落ちない。そのためには寝技を徹底的に稽古するということだ。
七帝戦は七帝ルールという戦前の高専柔道のルールを踏襲した寝技への引き込みが許され、寝技での膠着の「待て」がない、そして15人戦の抜き勝負(勝ったものが勝ち残り、次の人間と戦っていく方式)という特殊な柔道である。だから寝技の強化が最優先課題としたのである。
もう一つ注文を出したのは、「最上級生は必ず同期と稽古する」ということである。 後輩は先輩と稽古すれば確かに強くなる。しかし、それでは先輩は上達しない。 同期で死ぬほど稽古した。同期2人が乱取りを始めたのだが、片方が本気を出して、腕を思いっきり極めた。骨折こそしなかったがボキッと大きな音が鳴った。それをきっかけに闘争心に火がついたのだろう。「貴様!」と言って、信じられないぐらい激しい稽古を数本続いた。そういう死に物狂いの稽古を誰かがやっていると、道場全体が締まる。 下級生もより強い人と稽古しなさい、と。
ある選手はレギュラーになれるかどうかのボーダーラインにいた。その選手をレギュラーにすることを目標の一つにした。必死で稽古に取り組んだ。結果として、レギュラーになれなかったが、その人の稽古振りが部員全員の目に焼き付けられた。彼は顎を外されながらも歯を食いしばって道場に来た。柔道部改革の中で、彼が一番のキーマンだったと思っている。団体戦を戦うチームにとって、そういう部員の存在が大切だと考えている。レギュラーになれなかった控えの部員たちが、イキイキしているか否かがそのチームを判断する重要なバロメーターである。
不要な選手は一人としていない。必ず個性が活かされる場所がある。そうした雰囲気が部内に定着し始めたとき、チームは「優勝」という目標に向かって動き始めたのである。
一年間、懸命に稽古した結果「国立7大学柔道優勝大会」では決勝戦に進出。惜しくも京都大学に大将決戦で敗れたが、準優勝という結果を残せた。
(2)旭山動物園について
人はそれぞれの個性が活かせて、それぞれの役割を果たすときイキイキするのである。 そういう確信が、旭山動物園の「行動展示」につながっていった。
係長になった時(1986年(昭和61年))、「ジェットコースターをやってもだめで、そろそろ市役所も動物園を止めようと思っている」という声が聞こえてきた。どうやらこのまま閉園になるだろう、という噂まで出ている。
① 部 長とのやり取り
そんなとき、本庁の偉い人が動物園に話に来た。そのとき、「君たちはこの動物園の将来をどうしようと思っているんだ」と聞かれ、「しっかりやっていきますよ」と答えた。そうしたら、「しっかりやっていくって言ったって、お客が入らないんだから、話にならないだろう。他のところはチンパンジーのショーをやっているし、仮面ライダーショーもある」と目先のことばかり言う。「そんなことは絶対にやらない。俺にはやりたいことがある」って、啖呵(たんか)を切った。そうしたら、「小菅君を中心にやればいいじゃないか。君が計画を立ててまとめてみたらどうだい」と園長を飛び越して決めてしまった。そこで、こっちも「わかりました」と言って、当時10人しかいない飼育係を呼び集めて勉強会を始めた。
そこでは、
■動物園は、動物の自由を奪って閉じ込めて、人の見世物にしている動物虐待施設ではないか。
■動物園に行っても、みんな寝てばっかりという声がある。 などの問題点が出てきた。 要するに、今の動物園はどうしてダメなのかということさえきちんとわかれば、それを取り除いていけば絶対良くなる。そして次に「打つ手」を決められる。
まずは、自分たちでできる範囲内でやれることをやる。そのときに、チームで意識を共有しなくちゃいけない。 「いいか、確認するよ。みんなでやるんだぜ。10年、絶対やりぬくよ」って。
■「やれること」の最初に決めたのは、動物舎の前での「飼育係によるワンポイントガイド」だった。
■機関紙「モユク・カムイ(アイヌ語でエゾタヌキ)」を創刊。
■動物園は有料入場者を入れるレクレーション施設でもある。動物は見せるが、見せることによって動物に影響を与えてしまうようなことは、絶対にしない。すべては動物の意思で行われる。冬のペンギンも扉をあけるだけ。散歩に行くかどうかはペンギンが決める。アザラシが円柱を通るのも同じ。動物はやりたいことをやるときが一番輝く。「買い物をするチンパンジー」や、「立ち上がるレッサ―パンダ」はやらない。野生のレッサーパンダは普遍的に何十秒も直立したり、立って歩いたりはしない。
②市長との面談
旭川市になぜ動物園が必要か時間をとっていただいて説明した。
③1996年(平成8年)初めて予算がつく。「こども牧場」を作る。ウサギやヤギ
④翌年1997年(平成9年)予算つく。「ととりの村」(野鳥)をつくる。
要は、動物本来の習性や能力を引き出すことが大事なのである。