サイドメニュー

月別アーカイブ: 2022 6月

恵迪寮OGでクラフト作家を目指すMOEさんが北海道陶芸展に作品を出展します。さあ見に行きましょう!

[サロン]

第50回公募展北海道陶芸展が、下記の要領で開催されます。

恵迪寮同窓会の会員でもあるMOE(旧:福岡 萌)さんが作品を出展されます。お時間の許す方は、是非、足をお運びください。

会場
札幌市民ギャラリー
札幌市中央区南2条東6丁目 電話011-271-5471

会期
2022年7月6日(水)~7月10日(日)
10:00~18:00(最終日16:00)

第50回公募展北海道陶芸展チラシpdf

◆入場料

無料

作品名
自愛、そして慈愛

出展者
MOE(旧:福岡 萌)

出展者略歴
2008年 北海道大学 工学部 応用化学科 卒業
2010年 北海道大学大学院 工学研究科 生物機能高分子専攻 修士課程 修了
2010年 製紙会社 入社(研究所配属)
2021年 東京大学大学院 農学生命科学研究科 博士課程 修了
2021年 同社 退社
2021年 北海道芸術デザイン専門学校 クラフトデザイン専攻 入学(在籍中)

(追)MOEさんは、現在クラフト系の専門学生で、木工・陶芸・金属加工を勉強中です。クラフト作家を目指しています。
なお、平成16年(2004年)に北海道大学に入学したMOEさんは、女性として初めて、平成17年度(2005年度)寮歌「遥かなる迪」の作曲をしております。

《投稿者》八重樫幸一(S41入寮 恵迪寮同窓会相談役及び広報委員会顧問)


旧北海道大学月寒学寮を探訪する!

[サロン]

これまでの資料やプリントを整理していたら、『つきさっぷ郷土資料館』という名のリーフレットが出てきました。

Ⅰ.リーフレットによると、この資料館は以下のような歴史を経ています。

(1)先ず、昭和16年(1941年)に北部軍司令官官邸として建築されました。レンガ造りの2階建て洋館(現存している)で官邸裏に木造平屋の住まい(現存していない)が繋がっていました。官邸としての使用期間は4年間。

(2)戦後は占領軍に接収され、その後昭和24年(1949年)から昭和58年(1983年)まで北海道大学の月寒学寮として使用されていました。その使用期間は34年間。その後この建物は国から札幌市に譲渡されました。

(3)その後有志による月寒資料保存会の運動が、月寒地区町内会連合会に引き継がれ、昭和60年(1985年)から札幌市と協定を結んで「つきさっぷきょど資料館」として開館し、現在に至っています。開館以来、今年(令和4年(2022年))で、37年が経過しています。

Ⅱ.この目で学寮を確かめる。

(1)この建物は、学部寮として札幌市内に残る唯一のものであり、是非この目で見てみたいと思い立ちました。

(2)館内には、4つの展示室がありました。
第1号展示室は農耕・林業関係、第2号展示室は旧軍隊関係、第3号展示室は地券、小作契約書、証文などの古文書類、そして当時の教科書などが展示、第4号展示室はみの、いろり、風呂桶、ランプなどの民具・生活道具が展示されていました。

図書コーナーには、『北海道大学月寒学寮寮生・OB名簿』が保管されており、そこには昭和25年度の最初の入寮生から昭和55年度の最後の入寮生までの全員の名簿が記載されていました。なお、この名簿は、北大文書館にも寄贈されているとのことです。(追記;月寒学寮への最後の入寮生は、昭和57年でした。名簿上の最後の入寮生が昭和55年でした。)

(3)学部寮として使用されていた時は、現存する洋館(ベッド)と既に無くなっている和館(畳敷き)の両方を使用していたようです。部屋替えもあり、寮生は和洋の両方の部屋住まいを経験していたようです。定員は22名とか。炊夫・婦さんもいました。

Ⅲ.見学して思ったこと

この建物は、今年で築81年経過しますが、そのうち月寒学寮学寮として34年使用されています。その割には、月寒学寮の匂いがほとんど感じられません。秋元館長と湊副館長の二人にお会いしましたが、湊副館長は月寒学寮のコーナーを設けることに前向きでした。そのことについて、本学寮最後の入寮生と思われる竹下忠彦さんにも電話でお伝えさせていただきました。

Ⅳ.最後に

月寒は、①明治4年(1871年)、岩手県人44戸144名が入植し、開拓使が月寒(つきさっぷ)村と命名しました。②明治35年(1902年)、豊平、月寒、平岸の3村が合併し豊平村となりました。③その後昭和36年(1961年)豊平町が札幌市に合併され今日に至っています。思えば、北大も岩手県人が開学当初から学生として入学してきております。月寒村とは無縁ではないように思います。

「つきさっぷ郷土資料館」の正面入り口

 

さっぽろ・ふるさと文化百選

 

北部軍司令官官邸として建築された洋館

 

洋館の平面図

 

北海道大学月寒学寮寮生・OB名簿

 

《投稿者》八重樫幸一(S41年恵迪寮入寮、恵迪寮同窓会相談役・広報委員会顧問。月寒学寮には入寮していません。)


開拓の村旧恵迪寮舎 草刈り 開催報告

[事務局からのお知らせ] [北海道支部] [北海道支部からのお知らせ]

開拓の村旧恵迪寮舎 草刈り 開催報告

北海道恵迪寮同窓会
常任幹事 佐野将義(H2)

6月11日(土)、北海道開拓の村において、旧恵迪寮舎・草刈りを開催しました。コロナ禍により昨年と一昨年は中止となってしまったので、三年ぶりの開催となります。15名(うち現役寮生2名)の方に参加いただきました。

※続きはこちらから→ 2022旧恵迪寮舎草刈り開催報告

 


西日本恵迪寮同窓会より「愛媛エルム会 と 応援団OB有志 との交流会」 の報告

[サロン] [支部のページ] [西日本支部] [西日本支部からのお知らせ]

■西日本恵迪寮同窓会より

恵迪寮同窓会では数年前から「縦糸を太く・横糸を紡ぐ」を掲げ、特に縦糸活動では「寮歌前線北上計画」を展開し地区恵迪会の結成と活性化を進めてきました。西日本としては、沖縄・九州南・九州北・中国・四国・兵阪和(兵庫/大阪/和歌山)・古都(京都/奈良/滋賀)・北陸・東海の9地区で寮歌祭を企画しました。この中で「四国地区」だけが開催できていませんでした。そのような中、西日本の吉田務常任理事から「愛媛エルム会と応援団OBの有志で交流会が開催できることになった」とのお話がありました。交流会の報告書をいただきましたが、寮歌を10数曲も歌い、最後にエール交換し交流会は盛会裏に締めくくることができた。愛媛エルム会の参加者には3名の恵迪寮OBがおられたとのことでした。今後とも親交を深め、懸案であった「四国地区寮歌祭」の開催につながればと思います。交流会の報告を恵迪寮同窓会ホームページに掲載いただければ幸いです。

<西日本恵迪寮同窓会会長 植松高志(S44入寮)>

 

「愛媛エルム会 と 応援団OB有志 との交流会」 の報告

標題の件、2022年5月30日、愛媛県松山市で初めて開催されました。メンバーは愛媛エルム会9名と応援団OB有志4名の合計13名でした。愛媛エルム会と応援団OBは、全員初対面ながら多いに盛り上がり4時間弱に及ぶ盛大な交流会となりました。

1. 愛媛エルム会  (9名)
・会 長:松浦侃(S45農卒) 恵迪寮生
・幹事長:渡辺誠也(H10理卒) 恵迪寮生(第267期執行委員会)
・伊賀尚志(S40工卒)
・鈴木 聡(S55水産卒)
・濱田和雄(S61理卒) 恵迪寮生 S59年寮歌「雪の白さに」作歌者
・遠藤正敬(H9経済卒)
・加我友寛(H27医卒)
・西川明里(H27医卒)
・岡野真大(H30医卒)

2. 応援団OB有志 (4名)
・千川浩治(S40入寮) 獣医/57代応援団(恵迪寮同窓会理事)
・吉田 務(S41入学) 工 /58代応援団(恵迪寮同総会代議員)
・大谷文昭(S43入学) 水産/60代応援団(北海道恵迪寮同窓会常任幹事)
・熊崎壽勝(S43入学) 水産/60代応援団

3. 愛媛エルム会と応援団OB(大谷文昭氏)との繋がり
愛媛エルム会が150名を超す会となり、北大校章入りの会旗を作りたいと、コロナ禍前に渡辺幹事長から知己の応援団(長谷川健:87代応援団長)に支援の連絡があり、当時、応援団百年記念事業で「団旗作成担当」をしていた60代大谷文昭氏に連絡が入り、メールのやり取りが始まりました。
愛媛エルム会旗は写真に見られる様に3畳大の立派なものが完成し、同時に上記の応援団OB4名が、四国旅行を計画しており、可能なら愛媛県松山市で交流会をとの話で盛り上がりました。
但し、計画を進めた矢先にコロナ禍となり、今回計画から3年目でやっと開催にこぎつけました。

4. 交流会の状況
西日本恵迪寮同窓会でもコロナ禍前から各地区寮歌祭を盛り上げるべく活動を進めていましたが、四国全体でも地区寮歌祭は開催出来ておりませんでした。
そこで今回、愛媛初のミニ寮歌祭をとの希望もありましたが、初めての交流会であり、寮生の数も少ない事から先ずは自然な交流会とし、様子をみて『地区寮歌祭』の開催をお願いする事としました。

大谷文昭氏が、本部より借用した「都ぞ弥生」と「永遠の幸」の大垂れ幕や、各種DVD・CD・恵迪寮写真集のほか、応援団百年記念誌・ヤマゲンさん随想録等々恵迪寮はじめ、各種北大グッズや、きのとやの「札幌農学校」等々を寄贈して臨みました。
初めに応援団OB有志の自己紹介から始まり、愛媛エルム会のメンバーもそれぞれの自己紹介をして交流会が始まりました。結果、大いに盛り上がり、貸し切り会場でもあった事もあり、当初予定の2時間から4時間弱に及ぶ大交流会となりました。

寮歌は、愛媛エルム会の恵迪寮生が3名と少ない事もありましたが、参加者最年長の伊賀尚志氏(S40工卒)の強い要望で「昭和13年 津軽の滄海の」を皮切りに、草は萌え出で、タンネの氷柱、黒潮鳴れる、水産放浪歌、「あぁ百年の応援団」、濱田和雄氏作歌の「S59年寮歌 雪の白さに」、先に今治に帰る濱田和雄氏のために「別離の歌」等々10曲ほどが絶え間なく続きました。
最後は、全員で肩を組み『都ぞ弥生』の大合唱、更に「フレーフレー北大」と「フレーフレー愛媛」で締めくくりました。
会の途中では、四国では地区寮歌祭が未だ開催されていない事、今後地区寮歌祭の開催も検討して頂きたい事もお伝えしました。
最後に、全員で記念撮影をして名残を惜しんでの解散となりました。

<吉田 務 記>


フロンティア基金《恵迪寮改修費》への寄附者ご芳名について(4月30日時点)

[事務局からのお知らせ]

1.寄附者のご芳名

北海道大学社会共創部 広報課 卒業生・基金室から、北大フロンティア基金《恵迪寮改修費》への2022年(令和4年)4月分の寄附の状況についての連絡がありましたのでお知らせいたします。

4月30日時点での寄附金の状況は、延べ寄附者数334名/寄附金総額11,730,000円となりました。寄附をされた皆様に深く感謝申し上げます。

↓寄附者のご芳名↓

※20220430北大フロンティア基金《恵迪寮改修費》に寄附された方のご芳名

2.これからの寄附金の払込方法について

一般社団法人恵迪寮同窓会としての恵迪寮改修費の募金活動は、2020年9月30日(水)をもって終了いたしておりますが、恵迪寮改修費の寄附をするための北大フロンティア基金の口座は、今後とも開設された状態で維持されます。したがって、これから寄附を希望される方は、これまで通りの方法で寄附をすることが可能です。

そこで、北大フロンティア基金への寄附金払込の方法を、以下のとおりチラシにて添付しておきます。
なお、このチラシは広報課 卒業生・基金室 事務担当者のご協力を得て作成しております。

↓寄附金払込方法について(チラシ)↓

※恵迪寮改修費に係わる寄附金の払込方法

なお、寄附用の「払込取扱票(払込通知書)」は、以下の「北大フロンティア基金事務室」へお申し出ください。
郵送していただけます。
・TEL 011-706-2072
・FAX 011-706-2010
・E-mail kikin@jimu.hokudai.ac.jp

以上