北大学寮150周年記念行事 ー講演会と大寮歌祭ー
[事務局からのお知らせ]
今年は「北大創基150周年」であり、札幌農学校寄宿舎以来、「北大学寮(恵迪寮)150周年」にあたります。 (一社)恵迪寮同窓会では、『北大150年―恵迪寮の自治が守り育てたクラーク精神』をテーマに<記念講演>と <大寮歌祭>を開催しました。講演会に続く恵迪寮自治会及び恵迪寮同窓会からの報告も併せて紹介します。
記念講演 北大学寮150周年記念講演会 講演はこちらから
日 時 : 令和8年9月12日(土) 13:30~15:00
会 場 : 北海道大学クラーク会館 大集会室 2
演 題 : 『北大150年―恵迪寮の自治が守り育てたクラーク精神』
講 師 : 一般社団法人恵迪寮同窓会副理事長 藤田 正一 君 (S31入寮)
(第54代応援団長・平成遠友夜学校校長・北大名誉教授・元副学長)
【講演録】 「北大150年―恵迪寮の自治が守り育てたクラーク精神」
島松駅に建立された「馬上のクラーク博士像」の除幕式が行われたこの日、北大クラーク会館において、恵迪寮同窓会主催で藤田正一氏の講演が行われた。中心となったのは、「Boys, Be Ambitious!」という言葉の内包する精神を、我々の先輩である1期生、2期生たちがどう受け止め、その精神がその後どのように受け継がれてきたかをたどることであった。
今から150年前、アメリカ建国100周年の年、札幌農学校に着任したクラーク博士がもたらした精神には、アメリカ独立の精神につながる自由・平等・自主・独立の理念と、正義、弱者への配慮、そして自らを律し責任を引き受ける「人間をつくる教育」があった。その象徴が「Be Gentlemen」と「Boys, Be Ambitious」である。大志とは、金銭や立身出世ではなく、知識や正義、社会への貢献を志し、「人としてあるべき姿」に近づこうとすることであった。少なくとも、1期生の伊藤一隆、2期生の新渡戸稲造や内村鑑三たちは、これをそのように受け止めていた。
では、この精神はどのように受け継がれてきたのであろうか。その姿は、恵迪寮の前身である札幌農学校寄宿舎の自治と寮歌に見ることができる。制度としての自治が明治32年に確立する以前から、学生たちは自ら考え、自らを律し、自らの共同体を自ら治めていた。「自由とは責任の異名である」という言葉に示されるように、自治とは責任を引き受ける生き方でもあった。「Be Gentlemen」は、まさにこの自治の精神と重なっていた。
その精神は寮歌にも歌い込まれた。「都ぞ弥生」の「貴き野心の訓え」然り、また「穹蒼高く」の「鐘に自由を学びつつ」という言葉は、アメリカ独立の象徴である「自由の鐘」を想起させ、クラークが札幌農学校にもたらした自由の精神を伝えている。「鐘」は、自由という言葉を公然と語ることが難しくなった時代には、自由と自治の精神を象徴する隠喩として寮歌に歌われた。
昭和に入り思想統制が強まると、大学そのものが国家への従属を余儀なくされ、恵迪寮の自治も昭和16年に中断された。しかし、制度としての自治が消えても、その精神まで消えたわけではない。寮歌は歌い続けられ、学生たちは議論し、時には大学側の圧力に抗した。こうした中でクラーク精神を守ったのは、大学ではなく、むしろ自ら考え、自らを律し、自らの共同体を治めようとした学生たちであった。恵迪寮150年の歴史とは、「自治と自由の灯」を世代から世代へ受け渡してきた歴史なのである。
では、次の150年に我々は何を伝え、何を望むのか。
初期札幌農学校には、外国人教師による教育と、多くの卒業生が海外生活を経験するという際立った国際性もあった。その国際性は、自由や自治ほど明瞭には寮の伝統として受け継がれてこなかった。これからは、留学生との混住を含め、異なる文化や価値観を持つ若者がともに暮らし、語り合い、学び合うことを、恵迪寮の「古くて新しい伝統」として育てることもできるのではないか。築40年を超え、大規模改修という岐路に立つ恵迪寮は、いま再びその問いを突きつけられている。
講演の途中、「湖に星の散るなり」の解題に際しては、藤田氏の音頭で参加者全員が寮歌を高唱した。第54代北大応援団長としての面目躍如の一場面であった。
150年の歴史をたどるだけでなく、その歴史を刻んできた寮歌をいま自分たちの声で歌う――そこには、「自治と自由の灯」を現在に受け継ぎ、次の世代へ渡していこうとする、講演者と聴衆の共通の思いがあった。そして講演後の大寮歌祭では、さらに多くの寮歌を現役寮生も交えて、参加者全員で歌った。そのとき、「自治と自由の灯」がいまも受け継がれていることを、あらためて実感した。
【報告1】 恵迪寮自治会からの報告 恵迪寮自治会 第327期執行委員長 保科宇太 君
保科委員長は寮内の議論をふまえ大規模改修にかかわる論点・課題を整理しその概略を報告した。
北大のかかげるフロンティア精神などの基本理念をふまえた上で、恵迪寮の基本理念として歴史的意義・経済的意義をふまえた寮の共同生活、自治、文化の継承を掲げた。
北大との今後の協議に充分備えるため、より具体的に、意義、寄宿料、留学生の受け入れ、女子学生定員、居住デザイン、自治の範囲(清掃、防災、警備、事務など)などについて検討中であり、2026年度中には自治会内で結論を出し、大学と合意を図っていく予定である。
【報告2】 恵迪寮同窓会からのお願い (一社)恵迪寮同窓会 代表幹事 吉沢 武治 君 (S45入寮)
吉沢代表幹事は、恵迪寮同窓会を代表して「恵迪寮改修募金のお願い」を述べた。
北大学寮150周年記念行事の企画にあたり、恵迪寮改修の早期実現こそが喫緊の課題であり、お祭り・祝賀イベントをやめて、無駄な費用を掛けない行事とした。
寮自治の継承には建物の存続が必須だが、改修予算が絶対的不足の状況にある。北大もフロンティア基金「学生寮改修等支援」を新たに立上げ、学寮改修費用の内、初期費用2億円を募金で賄う取り組みを開始した。その呼びかけ文には「本学の学生寮は、・・・自治と共同生活を通じて主体性や国際感覚を養う、・・・重要な人間形成の場です。」と「自治」が明記されている。これは恵迪寮自治会と恵迪寮同窓会が、5年前から北大副学長らとの三者懇談会の取組みを継続してきた成果といえる。
恵迪寮同窓会は2018年からフロンティア基金「恵迪寮改修費」の募金活動を進めてきたが、本年より当面の目標額を1億円に設定し、一層強力に取組みを推進している。未来の寮生たちが学び成長する場が失われる事の無いよう、是非とも多くの皆様方の温かいご支援を賜りたい。
なお進行は、現寮委員長である都野建二郎君(H5入寮)により滞りなく進められ、自らが北大フロンティア基金(恵迪寮改修費)に毎月寄付するたびに北大ホームページに「応援メッセージ」を投稿し、学生寮・恵迪寮を維持する熱望を掲載する活動を行っていることを紹介し、重ねて1億円募金への協力呼びかけを行うとともに、寮の存続と自治継承の北大当局への要望を熱く語り、講演会を閉めくくった。
大寮歌祭 大寮歌祭の様子はこちらから
「記念講演」に引き続き、クラーク会館大集会室1で、北海道大学から1名、小樽商科大学関係者7名、女子寮OG3名、他大学関係者1名、会員関係者(付添を含む)64名、応援吹奏団員2名、現役寮生15名という多彩な参加者93名を得て、「大寮歌祭」を行いました。
特に今年は北大学寮(恵迪寮)150周年ということで、3つの同期会が併せて計画され、道外からも都合25名の参加者がありました。なお、3つの同期会とは、「昭和30・31・32年入寮」「昭和39・40年入寮」「昭和46・47・48年入寮」です。
開会は午後3時30分。北海道恵迪寮同窓会の内藤春彦会長の開会のことば、一般社団法人恵迪寮同窓会の横山清理事長の主催者挨拶、参加者全員での「都ぞ弥生」1・2番の斉唱と開会のプログラムは進行しました。そして、東日本恵迪寮同窓会の坂倉雅夫会長と西日本恵迪寮同窓会の岩井隆郎会長による挨拶と乾杯で寮歌祭はにぎやかに始まりました。
今年の「大寮歌祭」のメインテーマは、明治40年「一帯ゆるき」から数えて今年はちょうど120年目にあたる年であることから、「寮歌120年の歴史」とし、第一部と第三部で代表的な寮歌21曲(校歌・桜星会歌も含む)を制定順に高唱しました。当日の司会者の一言コメントを付け加えておきます。
第一部です。
1 校歌「永遠の幸」
寮歌ではないのですが、明治34年札幌農学校25周年を記念して作られました。作詞は、札幌農学校の教師であった有島武郎です。
2 明治40年「一帯ゆるき」
恵迪寮最初の寮歌です。この曲から恵迪寮の寮歌の歴史が始まりました。
3 明治44年「藻岩の緑」
明治の寮歌には外国の地名がよくでてきます。この寮歌には「アンデス」「アマゾン」があり、海外雄飛の心意気を感じます。
4 大正6年「魔神の呪」
6番の「いざ吾が友よ熟睡せむ 明日は人生の旅なれば」の一節に多くの寮生は共感しました。
5 大正9年桜星会歌「瓔珞みがく」
恵迪寮寮歌ではなく桜星会歌ですが、昔から多くの学生に愛唱されているので取り上げました。
6 大正12年「春雨に濡る」
「春雨に濡る」か「春雨に濡るる」か、新旧の寮生の間で議論が絶えないのですが、今回はどちらでもかまいませんので自由に歌ってください。
7 昭和2年「蒼空高く翔らむと」
軽快で力強い曲想と若々しい詩とがマッチしていて、非常に人気のある寮歌です。
8 昭和6年閉寮記念寮歌「別離の歌」
旧々寮が閉されるときの別れを告げる寮歌です。「ぺル アスペラ ペル アストラ」(苦難を経て 幸星を仰ぐ)の言葉とともに寮生たちは再会を誓いました。
9 昭和8年「タンネの氷柱」
北海道の各地を巡って、北海道の一年を表現しています。
10 昭和13年「津軽の滄海の」
本州から北海道にやってくる寮生にとって、津軽海峡は特別な存在でした。
第二部は、プログラム11~15の友情参加・最新寮歌・応援吹奏団演奏です。小樽商科大学の友情参加では、商大OBと現役応援団員7名により、校歌「金鱗をどる」と「若人逍遥の歌」が披露されました。北大と商大の友情を改めて感じました。次に、現役寮生が最新寮歌「朝」(R7)を披露しました。令和になっても寮歌を作り続けている恵迪寮を改めて誇りに思ったのは私ばかりではないでしょう。次に、応援吹奏団の演奏です。他の行事との関係から当日は2名だけの参加でしたが、いつも野球の応援等で演奏している寮歌を力強く演奏し、会場の一体感を醸し出してくれました。最後は愛唱歌である「水産放浪歌」を全員で歌いました。第二部の司会を務めた大谷文昭寮歌部長の力強い前口上により、参加者の意気は弥増すばかりで歌声は最高潮に達しました。
第三部です。
16 昭和16年「湖に星の散るなり」
支笏湖を歌った名曲です。支笏湖に行けば必ず口ずさんでしまうのは私だけでしょうか。一方で、戦争の影も感じる寮歌です。
17 昭和18年「天地の奥に」
本州からの渡道、そして札幌での一年を歌っています。ある意味で、恵迪寮寮歌の王道ともいえる寮歌です。
18 昭和21年「時潮の波の」
第二次世界大戦後の寮生の思いを歌っています。序・1~5・結の詩と、そしてそれに合わせた曲の作りが斬新です。
19 昭和32年「花繚乱の」
一節三行の極めて短い詩とリズム感にあふれた曲とはマッチしていて、歌っていてとても気持ちのいい寮歌です。
20 昭和42年「寒気身を刺す」
この年以降に入寮した寮生にはとても愛されている寮歌で、「窈窕多し札幌に 弊衣破帽の身なれども」という詩がとても新鮮です。
21 昭和53年第70回記念祭歌「草は萠え出で」
寮生の力で建てた「士幌小屋」が歌われています。士幌小屋は現在も寮生達は大切に管理・使用しています。
22 昭和58年新寮記念寮歌「北に恵めし」
現在の寮が新寮として建てられました。この寮舎もすでに43年の年月が経っています。
23 平成8年「若き力」
現役の寮生にとても人気のある寮歌です。
24 平成20年第百回記念祭歌「雲海貫く」
第百回目の記念祭歌として作られた、まさに記念すべき寮歌です。恵迪寮の歴史は100年を刻み、今もなお続いています。時代時代の寮生の不断の努力の賜です。
25 平成25年「快速エアポート」
かつての寮生は青函連絡船のある函館に向かいました。そして、現在の寮生は千歳空港に快速エアポートで向かいます。
26 明治45年「都ぞ弥生」
最後は(一社)恵迪寮同窓会の藤田正一副理事長の発声で、明治45年「都ぞ弥生」1~5番を皆で肩を組んで声高らかに歌って締めました。恵迪寮生であったことを心から誇りに思える大団円でした。
北海道恵迪寮同窓会の千川浩治副会長の閉会のことばが終わったのは、午後6時でした。
(文責:北海道恵迪寮同窓会副幹事長 千原 治)






