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寮友(とも)よ若き日の感激を謳歌(うた)はん~沖縄恵迪寮歌祭開催報告

[事務局からのお知らせ]

沖縄恵迪寮歌祭、第1回「北大寮歌をうたう会」の報告、平良健康(S37入寮)

沖縄エルム会幹事長・平良健康氏(S37)

同窓会本部の白浜憲一代表幹事から恵迪寮歌祭を呼びかけるメールを受けたのは昨年の12月12日であった。
メールは謂ふ「桜前線になぞらえて寮歌前線北上のイメージを作りました。そちらのご事情もお有りでしょうが、寮歌前線のトップを飾って毎年3月第三土曜日(来年は3/17)に沖縄恵迪寮歌祭を開催していただけないでしょうか。」

京都でも代表幹事から熱意のこもった話があったが、二の足を踏んでいたところ。そこで早速沖縄エルム会、恵迪寮在寮歴のある方々に声をかけ集まってもらった。
2月24日には第46回「沖縄寮歌・大学の歌祭り」が沖縄寮歌振興会の主催で予定され、これを主宰する立場にあり、かつ準備期間は限られている。そのような状況ではあるが“決行しようではないか”ということになった。

かねてより寮歌をうたう場が欲しいという潜在的欲求があったのも、言わば「渡りに船」の背中を押す作用を及ぼしたのかもしれない。
北大関係者のリストは本部からご教示いただいた分に加え、当方会長、幹事の諸兄が精力的に多方面の人々のつながりを手繰り寄せ参加を呼び掛けたのであった。さらには他大学の寮歌ファンの参加を視野において、間口を広げ、「北大寮歌をうたう会」という名称にし、主催は沖縄エルム会、沖縄恵迪会という形に。会場は市町村自治会館の映像音響環境の良い素敵なホールを負担少なく借り受けることが出来たのは奇跡的僥倖というべきか。

さて寮歌をうたう経験のない人々にも退屈せず楽しく参加してもらえるにはどうしたらいいか、プログラムに何か工夫がいるのではないか。白浜氏は「寮歌の伝承とともに恵迪精神の承継伝播」と述べている。明治40年札幌農学校が帝国大学になり、寄宿舎に「恵迪寮」が命名され、最初の寮歌が生まれて111年になる。北大寮歌の特色をなす自然への讃歌、「清き國ぞとあこがれぬ」青春讃歌の数々を歌い継ぐことによって、まさに今を生きる者に時空を隔てても変わらぬ励ましと癒しを与えてくれる。それが承継伝播の意味するところだろう。恵廸寮歌の名歌を第一部、第三部に分けて歌い、同時に日本寮歌史に愛唱される寮歌をも第二部として取り上げ変化を楽しむプログラムに仕立てた。

薮内晴弘理事・西日本支部事務局長のご参加をいただき、本部のご支援をたまわり、多くの方々の努力のおかげで桜前線ならぬ寮歌前線のトップの役割を果たし終えたことに感謝を申し上げたい。

3月17日土曜、15時から18時、出席者31人、北大関係者19人、家族友人12人。収入\65000、支出\58000概算、参考までに掲げた。
3月24日土曜、本稿執筆中に東京の桜満開の報道あり、「都ぞ弥生」なり。

北大寮歌をうたう会プログラム(式次第)

 

1開会の挨拶をする沖縄エルム会会長・上江洲安宏氏(S35)

 

2乾杯の音頭は西日本支部事務局長の薮内晴弘氏(S48)

 

3会場

 

4会場

 

5会場

 

6友人

 

7飲食

 

8仲地博氏(沖縄大学学長)

 

9都ぞ弥生を高唱

 

10参加者一同;集合写真

 

以上